2021年より九年を費やしてついに2022年1月よりスタートしたRCEP(東アジア地域包括的経済連携:Regional Comprehensive Economic Partnership Agreement)。この経済連携は日本のメディアでより注目されているTPP(環太平洋パートナーシップ協定)とは異なり、アジア経済地域を中心とした15カ国からなる広域経済圏として中国でも重要視されています。何しろ世界のGDPのおよそ30%を占める経済連携協定ですし、何よりもアメリカ等西側の“指図を受けない“連携ということで、中国としては単なる経済連携以上に政治的にも重要な意味を持って受け止められています。 中国がこの経済的パートナーシップにどれほど期待し、中でも日本の経済力に期待しているか、最近の「新華社通信」等中国の主要メディアによる紹介の仕方から伺い知ることができます。「RCEP现有15个成员国,包括中国,日本,韩国,澳大利亚,新西兰5国以及东盟10国…」。意訳すると「RCEPは現在中国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国にASEAN10カ国を含めた15カ国から成る…」という始まり方です。一見何も特別な事は無いと思われるでしょうが、中国では「政治または軍事的」な内容と「経済文化的」な内容とでニュース記事の「各国名の記載順序」が異なることがよくあります。例えば、この文面を「政治的な連携国」として取り上げるなら、記載順序は必ずASEANが先頭に来るはずです。つまり、経済的利益または連携対象として日本を自国の次に取り上げるほど、中国にとって最重要国であるということが推察できます。
では、このRCEPは相互に経済的利益とビジネスチャンスをもたらす公平なパートナーシップになるのでしょうか?そしてこの協定によって中国は日本との貿易や投資において相互の尊重と発展を視野に入れているのでしょうか?ここがいつも日本政府や企業の「外交的」戦略ミスをしてしまうところです。長年中国に滞在して思うことですが、中国の人々は個人にしても、企業さらには国家としても、コミュニティの中では常に「戦略」がしっかりしています。例えば、個人間ではすぐに「微信(WeChat)で連絡交換し友達になれますが、中国の人にとってはその時から彼らの頭の中では戦略(利益勘定)が始まり、それは日本人の好む「お互いに末長く利益を共有しましょう」ではなく、「この相手から自分はどれくらい利益を確保できるか」という実に「駆け引き」の関係です。ですから「パートナーシップ」と聞いた時、日本企業の皆さんにはぜひ前述の「戦略的視野」からRCEPを見ていただきたいです。そうでないと、最初は友好的な始まりでもすぐに淘汰されてしまうことになりかねません。この「戦略的視野」に立って中国を見ると、実に興味深い事実が見えてきますし、将来的に日本はこのRCEPによって非常に厳しい戦いを強いられることになると予測したほうが良さそうです。なぜなら「中国の国家戦略」があまりにも凄すぎる!からです。そこには巧妙な駆け引きと利益独占が潜んでいるからです。「でも、中国は日本を経済連携相手として重要視しているのでは無いですか?」と思われるかもしれません。それは日本が未だ世界のGDP第三位、G7唯一のアジア先進国という「ネームバリュー」があるからであり、何より「誰にも優しい日本」ということでASEAN諸国に安心感を与えてくれる存在だからです。ここに中国の実に巧みな戦略が見えてきます。つまり中国にとってRCEPというパートナーシップは、その先にあるより重要な目的を達成するための社交クラブであり、それに高級感と信用性を持たせる意味で日本を重要視しているというわけです。
冒頭で紹介した「新華社通信」の記事に、RCEPに対する中国の戦略的視点が反映されています。「根据RCEP协定,最终86%的日本出口至中国的产品将实现零关税,同时中国出口至日本88%的产品将享受零关税待遇(RCEP協定に基づき、将来的には日本から中国への輸出品の内86%、また中国から日本への輸出品の内88%が関税ゼロの恩恵を受ける)」。これを見て「公平な貿易協定ではないか」と思われるでしょうか。この記事の続きでは、RCEPにより、これまで関税が障害となって東南アジアに奪われていた水産品の日本への輸出が、関税ゼロになれば再び取り返せる!と歓喜する中国の水産業者の言葉が紹介されています。この記事を見て、日本の水産業界は戦々恐々とするはずです。つまりこれまで日本の「伝統的国産」だった水産品や農作物が、今後このRCEPによって中国の猛攻勢に遭遇するということです。「では日本も同様に日本ブランドを活かした輸出攻勢に出ればいいだろう」という見方もあるでしょう。残念ながら記事はそういう私たち日本側の声など意に介さず、RCEPが中国にもたらす恩恵について「服务贸易更开放!(サービス分野での貿易がさらに解放される!)」「跨境电商新机遇!(国外Eコマース事業に新たなチャンス!)」と続いて中国人読者を叱咤激励してゆきます。ここに中国のRCEPに対する非常に狡猾な戦略的アプローチが見えてきます。 例えば、「サービス分野」の貿易とは将来的にどんなビジネスを意味しているのでしょうか?記事によれば「金融、通信、旅行業、教育など」と説明されいています。しかし、中国の政治的背景をご存知の方ならすでにお気づきの通り、これらは全てその時々の中国政府の“さじ加減”で幾らでも規制や禁止対象になり得る分野ですので、日本を含む海外企業にとっては相当のリスクが伴うでしょう。一方で「Eコマース」ですが、果たして日本は中国の巨大ネットショップサイト「淘宝(タオバオ)」「京东(ジンドン)」等を経営するビッグ企業と対等にやり合えるほどのオリジナル企業またはその投資力があるでしょうか?(すでに中国と国境を接する東南アジア諸国の人々にとって「淘宝(タオバオ)」は主な海外購入サイトとして定着し、それらは「微信(WeChat)」または「支付宝(Alipay)」等の電子決済システムによって人民元支払いも可能)。中国は国家であれ企業であれ、今の私たち日本人が考えるよりもずっと前から、このRCEPを通してもっと先を、そして確実に、さらには「アジア巨大経済圏での独占もしくは絶対的優位性」をめざして取り組んでいるのです。
私たち日本人にとって中国というと、長年ODAによる技術開発援助の必要な「発展途上国」というイメージが根強く、年間800万の中国人が日本へ大量に押しかけ「日本製品の爆買い」という光景が記憶に新しいかと思います。もしその観点でこのRCEPを見ているなら、当然「関税ゼロになれば日本製品を14億の中国人に売りまくる絶好の商機!」と考えるのも無理はありません。しかし今、日本企業の皆様に真剣に自問していただきたい事があります。それは、「果たしてmade in Japan」は、今でも本当に中国やその先のRCEPパートナー構成国で魅力を感じてもらえるか?という疑問です。確かに10年ほど前は、保温ポットから家電、自動車、衣料など、どの分野でも「日本产(日本製)」は中国市民にとって先進的で信頼性の象徴(ブランド力)でした。それが今となっては、スーパーやショッピングモール、大型家電店のどこに行っても、もはや日本ブランドの既製品を見ることはありません。もちろん特殊部品や技術においては今でも日本企業が健闘しています。しかし中国在住15年の生活から感じる現実は、もはや単なる日本ブランドだけではこのアジア経済圏で勝ち抜く事は無理だと思っています。(昔は「ソニー」や「パナソニック」の携帯を持っているのがステータスでしたが、今の若者たちにとって日本製とは「iphone構成部品の約13%」という感覚でしかなく、しかもその比率は年々減少していく「衰退」というイメージに変わりつつあるのです)。
ネット上や経済ニュースで「RECPが日本企業にもたらすメリットとデメリット」という専門的な視点を数多く目にしますが、私自身このRCEPを考察する時、むしろこのパートナーシップの中で巨大経済圏を持つ中国を利用して、「その先どのようにアジア経済圏で優位に立つか」という競争的戦略が急務と思います。その一例として、タイの公共機関を挙げることができるでしょう。これまでタイの公共バスはほぼ日本製の独占でした。ところがこの1−2年でこの優位性に中国企業が挑戦してきています。最近の「脱酸素化」の波に乗り、中国国内では政府が企業と一体化し物凄いスピードで公共バスの「オール電化」を進め、しかも激安価格かつ技術も最先端の「クリーンバス」をタイに売り込んでいるわけです。当然中国にとってRCEPは今後さらに追い風となり、それは日本にとって大きな試練となるでしょう。では、日本にとってもはや手遅れなのかというと決してそうではないと思います。前述の「タイの公共バス入札競争」を戦略的に見るなら、確かに「電気バス」は技術面ですでに中国に後塵を拝するとしても、未だ日本企業が逆転できる分野を探し出す方法があります。それは「中国社会や生活で未発達分野は何か」という視点に立つことです。タイの公共バス入札競争をめぐり「中国の未発達分野」、それは維持修理サービスという概念です。今や中国製品は昔とは異なり「安かろう、そこそこ良かろう」になりつつあります。しかし低価格である故に人々は「修理して使い続けよう」というより「新しいのに買い替えよう」という生活思考です。だから「修理技術アフターサービス」が発達しない。(これはインフラも同じ。高速鉄道、公共バスの整備清掃技術システムは日本に及ばない。駅のエスカレーターはしょっちゅう修理している)。だからもし、日本企業が「高品質(壊れにくい)」のクリーンバスを「高信頼の整備技術とサポートシステム」と一体化し価格をコントロールした販売戦略を立てるなら、それはRCEPを利用してタイのみならずASEAN各国やその他の国への展開も十分可能なほど国際的競争力を持つはずです。
こうした「中国の未発達な分野を見抜く」視点は、今後RCEP協定の「関税ゼロ」を利用し、やがては中国14億の巨大市場に「日本のブランド技術サービス力」を売り込む新たな分野を切り開く助けになる事でしょう。そうした戦略的洞察力はやがて、単に中国の巨大市場に「made in Japan」を売り込むという局地的戦略にとどまらず、現在の中国企業が持つ先端技術や流通システムと提携し日本の技術やサービスをアジア経済圏にもたらす、というグローバル戦略でこのRCEPというパートナーシップに挑むよう動かしてくれるはずです。
ShanghaiSRRK
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